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今の時代に、伝統を「伝える」とは? | 大西里枝×大河内愛加 対談

renacnatta(レナクナッタ)代表、大河内 愛加が伝統工芸の未来について対談を繰り広げる本企画。今回のお相手は京都・大西常商店の若女将、大西 里枝さんです。

多様な価値観が重なりあう今の時代に、伝統を「伝える」とは────?

大河内がこのテーマを考えるにあたり、伝統工芸の世界に身を置く大西さんを指名したことで今回の対談は実現しました。

100年あまりの歴史をもつ老舗扇子店の4代目として、多方面で活躍する大西さん。

かつて大西さんの祖母が暮らしたという京町屋、大西常商店を舞台とした対談からは、同じ時代を生きる2人だからこそ描ける伝統工芸の未来が見えてきました。


大西 里枝(おおにし りえ)さん
京都「大西常商店」4代目。“京町屋の年中行事ガチ勢”として、SNSで京文化や風習について発信。飾らない言葉と誠実な人柄が多くの支持を集める。扇子の製造販売にとどまらず、京都の文化体験や京町屋レンタル事業などにも勢力的。京都と同じく愛するは日々の淡麗グリーンラベル。
大西里枝 扇子屋女将(@RieOhnishi)


SNSでは扇子だけでなく、京都の文化を知ってもらいたい

大西さん(以下敬称略):たぶん私たち、伝統工芸系SNSのなかでも対極にいますよね。

大河内:でも食事会でお会いする前から、お互いにフォローし合っていたんですよね。

大西:そうそう。でも面識はなくて。私は大河内さんのキリッとしたSNSアイコンの印象から勝手に「怖い人なんじゃないか」ってビビっていたんです。

大河内:ビビられがちなんですよね、私。「笑うんですね」って言われることもあります。

大西:そう、「この笑顔、私にもらえるんですか」って、うれしかったですね(笑)

大河内:私はもう、大西さんはSNSで拝見したイメージそのままでした。食事会にはデニムのカジュアルな着物で登場されて、「こんな着物もあるんだ」と印象的だったんです。

大西:ちょうど茶道を始められた時期だったんですよね。

大河内:そうそう。稽古で使う扇子を買いに、お店に足を運ばせていただいて。

大西:それから大河内さんも出産されて、お互いに母親という共通点も増えて。仕事でもプライベートでもいろいろと相談できて、うれしく思っています。

大河内:大西さんといえば「扇子屋女将」の名前で投稿されているSNS、いつも拝見しています。京都の文化や風習にまつわるお話も、大西さんの言葉を通すとスッと入ってきて。

商品である扇子のアピールは少ないように感じますけど、それはあえて意識されてのことですか?

大西:すごく意識していますね。そもそも「女将」とか「京都の老舗」って、とっつきづらいじゃないですか。そこはあえて「トンチキなワタシ」みたいなものも入れていかないと、興味を持ってもらえないかなと。何よりもSNSは、扇子だけでなく京都の文化を知ってもらいたいという思いから発信しているので。

大河内:10個ポストがあったら9個がくだけた話題で。1個は扇子のアピールでもいいのかなと思いきや、ゼロですよね。

大西:うん、ゼロですね。そのあたりのバランスは調整しつつ、皆さんに京文化の魅力をお届けできればなと思っています。


受け継がれてきた伝統を、今の時代に届けるために

大河内:伝統工芸である扇子について、今の時代に伝える難しさを感じることはありますか?

大西:難しいですね。扇子は間口の広い世界じゃないから…。うちのお仕事も、寺社仏閣や将棋の先生方などを対象としたものが中心なんです。そもそも人の手は2本しかないし、扇子は1本持てば6年から8年はもつ品。個人のお客様を対象とした場合、その狭いニーズのお客様へ魅力を伝える難しさは常に感じています。

大河内:特にSNSでは「伝統」という言葉の重みだけが先行してしまいがちですよね。私もなるべく敬遠されないような伝え方を意識しています。

大西:私の場合、京文化や日常に関する発信が皆さんに扇子を知ってもらうきっかけになっているのかもしれません。そうして間口を広げた結果、個人利用のお客様の数はずいぶん増えました。その半数以上がSNSから扇子に興味を持たれた方々なんです。

ただ、今後は京文化だけでなく、自分が本当に納得のいく商品について発信したいという思いもあります。これまでの扇子とは違う魅力を持った、今の私だからこそ作れる扇子を皆さんに紹介できたらなと。

大河内:自分が気に入ったものでないと、仮にSNSにのせたとしてもそれが伝わってしまうかもしれないという思い、とても分かります。私も自分自身がきちんと納得し、自信が持てるものを皆さんに向けて発表しています。それがものを生み出す側の責任だと思いますし、その気持ちは大切ですよね。

大西:女将である前にまず自分がいて、その上に女将という役割があって…どちらも私自身なんですよね。「老舗の若女将」という固いイメージを崩していきたい、親しみを持ってもらいたいという強い下心は抱きつつ(笑)自分らしくいられるSNSは私にとって居心地がいい場所ですし、だからこそ嘘はつきたくないな、といつも感じています。


伝統産業を継いでいく危機感と、今できること

大河内:私がお仕事をご一緒する方々は、今ある伝統産業が続いていくか、という点に危機感を持つ方が多いんですね。大西さんはSNSの明るいイメージが印象的ですが、そういった気持ちを抱えることはありますか?

大西:とてもあります。やっぱり扇子という商売は不安定なビジネスモデルだから…動いていないと、伝統を次の世代へ繋いでいけるのか不安になりますね。

大河内:難しいですよね。ともすると「伝統は私には関係ない」と壁を作られてしまうこともあるし。

大西:あとは製造面が一番のネックかな。職人さんが高齢で、技術の継承がなかなかできていない、というのが現状だから。今はうちの社員さんに、扇子の作り手として職人さんのもとで修行してもらっています。経営者としては外注に出す方が楽なのかもしれないけど、人件費をかけてでも、職人の技術はきちんと次へ伝えなければと思っているから。

大河内:ただ売ることだけでなく技術の継承を見据えた経営をされているところが素敵だなと思います。これまで受け継がれてきたものだったり、これからの日本に残っていくものだったり。「文化」っていろいろな捉え方ができると思うけれど、この町屋という素敵な拠点を軸に新たな風が生まれていくといいですよね。

大西:そうですね。例えば扇子の骨を使ったフレグランスは、扇子だと思わずに買っていかれる方が多いんです。「伝統工芸だから」ではなく、シンプルに「好き」という思いから手に取ってもらえる。そういう形が理想的かもしれません。

大河内:私も大西さんと一緒で「この伝統工芸を売っています」とあえて強調しないようにしています。まずは綺麗、可愛いという率直なイメージから入ってもらいたい。そこから「西陣織なんだ」「丹後ちりめんなんだ」と知ってもらえたらうれしいですね。

もちろん、これまで伝統を愛してこられた方、受け継いでこられた方の思いを大切にしつつ。レナクナッタの商品を通し、伝統に触れる機会がなかった方たちに、その魅力を広く届けられたらと思っています。


新しい「文化の風」がうまれるところ

大河内:私は大西常商店さんの「『扇子をつくる会社』から『風をうむ会社』へ」という理念もとても素敵だなと思っていて。「文化の風をうむ」という視点も、扇子の老舗店らしいですよね。私も「文化」という言葉を大切にしているので、共感する部分が大きいです。

大西:そういう「心持ち」はきちんと持っていたいなと、言葉は私が選定しました。「風」には扇子だけでなく、京都の文化や風習を広めていきたいという思いが込められています。

大河内:扇子は日本文化に寄り添うアイテムだし、なにより手にする姿そのものが美しいですよね。

大西:本当にそう思います。実は扇子を扱ううえで、その本質について悩むことも多いんです。例えば器を作る方々は、器を通して食卓の美しさや喜び、団らんなどを生み出してらっしゃいますよね。じゃぁ扇子は?と立ち返ると、これがなかなか難しい。

大河内:確かに風そのものの強さは、扇子はエアコンや扇風機には負けてしまうかもしれない。でも、みんなが手にする小型扇風機が扇子になったとしたら…そこにはとても美しい景色が広がっていそうです。

大西:そうなんです。手にして美しく、自分を品よく見せてくれる。「大人の粋」を体現するもの。それこそが扇子なんだと思っています。ただ、今後は扇子という枠にとらわれない商品も視野に入れていきたい気持ちがあって。

大河内:大西さんは今でも投扇興体験や京町屋のレンタルなど、事業の裾野を広げてらっしゃいますよね。

大西:せっかくSNSで私を知ってお店に来ていただいても、毎回扇子を買って帰るわけにいかないじゃないですか。その方々にその都度、どう楽しんでもらえるのか。これがとても大切で難しいところで。

大河内:伝統工芸の商品展開やアプローチの方法、悩みますよね。こんなに素敵な町屋が受け継がれていて、大西さん自身の魅力があって…だからこそ伝えられるものがたくさんある気がします。

レナクナッタとしては「伝統工芸と現代の人たちとを繋ぐ」という立場からのアプローチをいつも考えています。もともとデッドストックしか扱っていないブランドだったものが、京都に来ていろいろな産業の方と知り合うことで、どんどん裾野が広がって…。

最近では京都の工房を巡るツアーも企画しているんです。そういった点も含め、今後もレナクナッタの精神に落とし込めるものを、さまざまな形で皆さんにお届けできたらなと思っています。


今の自分だから見える新しい伝統を、未来へ

大河内:最近発表されたグラデーションカラーやくすみカラーの扇子、とても素敵でした。従来の扇子とはまた違う世界観が感じられて。

大西:ありがとうございます。くすみカラーを扇子に使うことは少ないのですが、今回はあえて取り入れつつ「大人の粋」のような品の良さをイメージしました。うちは創業100年余りの若手企業。新しいことにチャレンジしやすい部分は強みといえるかもしれません。

大河内:創業100年で若手。京都ならではですね。

大西:そうですね。100年なんて超若手。創業400年、600年の企業さんもいらっしゃいますから。町屋事業も、扇子のデザイン展開も、若手であるうちだからこそできること。今後もこれまで愛されてきた伝統を守りつつ、私らしい、どこか現代的な商品を展開できたらなと思っています。

大河内:大西さんが生み出す扇子の世界、今後も楽しみにしています。大西常商店さんが目指す姿が「文化の風をうむ会社」だとしたら、レナクナッタの理念は「伝統工芸の未来を書き換える」こと。レナクナッタと関わることで、衰退しつつある産業の未来が明るく、伸びやかなものになればという思いがあります。

伝統=古いというイメージも強いので、そこを新しい形に書き換えたり、新たなアプローチで魅力を伝えたりできたらなと…。そう考えると、やり方は違うけれど私たちの目指すところは一緒なのかもしれないですね。

大西:本当ですね。こういった伝統という枠組みの中で、大河内さんのような同世代の女性は心強い存在です。物事に対する目線の違いにも、いつも刺激を受けているし。

大河内:こちらこそ。大西さんは京都の大先輩なので、日々学び、という感じです。

大西:いやいや、いつもしょうもないことばかり言っていて(笑)

大河内:そんなことないです(笑)。大西さんの人柄があるからこそ、多くの人に京都の良さが伝わっているんだと思います。

大西:ありがとうございます。また気軽にお茶でもご一緒しましょう。今日のスカートを見ていたら、久しぶりに洋服も着たくなっちゃったな。

大河内:ぜひ、今度は事務所にもいらしてください。楽しみにお待ちしています。

大西常商店(おおにしつねしょうてん)
女性用、男性用の夏扇子をはじめとする各種扇子販売。投扇興体験、茶席体験、京町屋レンタルの受付。OEMなど法人からの相談にも対応可能。
・住所 京都府京都市下京区本燈籠町23
・電話 075-351-1156
・営業時間 10時〜18時
・店休日 夏季(4〜8月)無休 / 冬季(9〜3月)日・祝休
・公式サイト https://www.ohnishitune.com/

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執筆:永田 志帆
撮影:小黒 恵太朗
編集:吉田 恵理

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